東京高等裁判所 昭和47年(ネ)402号 判決 1972年7月28日
控訴人 日本楽器製造株式会社
被控訴人 小林忠雄
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し金六六万円およびこれに対する昭和四三年一二月一四日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は主文第一、二、三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目表一〇行目に「売済」とあるのを「完済」と訂正する)。
証拠<省略>
理由
成立に争のない甲第三号証、乙第六号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一、二号証、証人高橋喜一の証言、同証言により成立を認めうる同第四号証、証人小林富雄、水上喜景の各証言、被告本人尋問の結果、右本人尋問の結果により成立を認めうる乙第一号証、第二、三号証の各一、二および弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
被控訴人は、訴外水上喜景から、同人が伊豆開発の社長に就任する予定であるが、弁護士である同人が社長に就任するには弁護士会の許可を受ける必要があるので、金銭上の責任は一切負わせないし、迷惑をかけたり、損害を被らせるようなこともしないから、同人が就任するまで約二か月間同社の名目だけの社長に就任されたい旨懇請されて、昭和四一年一〇月これを承諾し、その社長に就任した。被控訴人は隔日出社というほどでもなく、続けて出社することもあつたが、都合の悪いときは出社しないで、毎日は出社せず、出社しても、新聞を読んだり、世間話をしたり、会社のためにゴルフの会員募集の紹介状を書いたりして、一、二時間で退社し、会社の業務にはほとんどたずさわらず、専務取締役の松下三佐男が会社の実権を握り、その業務一切を執行し、これについて被控訴人には全く相談しなかつた。被控訴人は昭和四二年八月ごろ代表者名義を被控訴人とする伊豆開発の手形が濫発されていることを聞き、同月一一日松下に対し取締役および代表取締役を辞任する旨を申出たが、当時伊豆開発には被控訴人以外には代表取締役はおらず、被控訴人が同月三〇日取締役および代表取締役を辞任し、松下が同月三一日代表取締役に就任した旨同年九月一日登記された。
楽器類の製造販売を業とする控訴人は昭和四二年五月三日伊豆開発に対しその所有のヤマハエレクトーン一台を、代金六六万円、代金完済までその所有権を控訴人に留保する約定で、売渡し、その引渡を了したが、伊豆開発がその代金を全然支払わないのに、松下が同年八月二九日か三〇日ごろ有楽土地に対し、伊豆開発の同社に対する一〇六七万余円の債務を担保するため、本件楽器を控訴人に対する保管義務に違反してその他の物件と共に所有権を譲渡してその引渡を了し、伊豆開発が、右債務の弁済期である同年一〇月末日が過ぎても、これを弁済することができないため、伊豆開発が本件楽器の所有権を有楽土地から取戻し、控訴人に返還することは不可能となり、控訴人の所有権喪失は確定的となり控訴人はその当時の価格相当の六六万円の損害を被つた。
右事実によれば、被控訴人は伊豆開発の社長に就任したのであるが、社長という名称が会社を代表する最高責任者を指称することは明白であるから、被控訴人は、名目だけであるにせよ、その代表取締役に就任したものと認めるのが相当であり、右認定に反する被告本人尋問の結果は採用できない。
ところで、株式会社は企業主体として社会的に活動し、経済社会において重要な地位を占めており、その活動は取締役の業務執行によつて行われるのであるから、取締役は会社に対して受任者として善良な管理者としての注意義務および忠実義務を負うとともに、会社が健全な企業活動を行うようにその業務を執行すべき社会的な責任を負うものと解すべく、ことに代表取締役は対外的には会社を代表し、対内的には業務全般を執行する職務権限を有するのであるから、取締役その他の者に会社の業務一切を任せきりにし、それらの者の不正行為や任務懈怠を看過することは許されず、このような場合は、自分自身も悪意または重大な過失により任務を怠つたものというべきである。
前記認定のように、被控訴人は伊豆開発の名目上の代表取締役に就任したのであるが、代表取締役の権利義務の重大性から考えて、名目だけで、会社の業務には一切関係しないという約束で、代表取締役に就任することは到底許されないと解すべきであるから、代表取締役に就任した結果、善良な管理者の注意をもつて会社のために忠実に職務を執行し、会社が健全な企業活動を行うように、その業務全般にわたつて取締役や従業員を指導監督すべき責任を負うに至つたものというべく、被控訴人は昭和四二年八月一一日取締役および代表取締役を辞任しているけれども、当時伊豆開発には他に代表取締役はいなかつたのであるから、同月三一日松下が代表取締役に就任するまで代表取締役の権利義務を有していたものと解せざるを得ない。
ところが、被控訴人が会社の業務にほとんど関係せず、その執行を松下の専断に任せていた結果、松下の前記行為を看過し、これにより控訴人に前記のような損害を被らせたのであるから、右損害の発生は被控訴人の悪意または重大な過失に基くものというべく、被控訴人が控訴人に対し右損害の賠償として本件楽器の時価相当額六六万円およびこれに対する訴状送達日の翌日である昭和四三年一二月一四日から右完済に至るまで法定の年五分の割合による損害金を支払うべき義務を負担していることは明白であり、その履行を求める控訴人の請求は理由があるから、これを認容すべきである。
よつて、控訴人の請求を棄却した原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第一九六条を適用し、主文のように判決する。
(裁判官 近藤完爾 田嶋重徳 吉江清景)